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フェスティバル/トーキョー11テーマ「私たちは何を語ることができるのか」に応答する(2011年8月、『復活』公演チラシ所収)

「語る」とはもちろんのこと、「喋る」とも「唄う」とも異なる位相の発話形式である。もちろん、それらは互いに浸透し合い、それぞれ共通性をもってはいる。では、「語る」ということの独自性はどこにあるのだろうか。それは恐れ多くもいってしまえば、「去っていったものへの哀悼」「二度と帰ってくることができないものへの鎮魂」ではないかと思っている。これは、語りの場における発話形式を問題にしており、語るものとそれを聞くものとの間に築かれる言葉への態度といってもよい。
たとえば、平家の滅亡後、琵琶法師たちは「平家物語」を語る。それまで人々は、去っていったものが帰りくることを信じていたのではないか。冬が来れば春が訪れ、そしてまた冬が来て春が訪れるように。これを永遠回帰の信仰と呼ぶとすると、平家の滅亡は人々のその永遠回帰の信仰を脅かさないではおかなかった。彼らは「去っていって二度と帰ることのないもの」を弔う必要を感じる。それはまた同時に、彼らの平穏でかけがえのない日常を守るためでもある。琵琶法師は「平家物語」を語った。帰ってこない平家のために。平家を討った源家のために。民衆の日常のために。

ところで、アリストテレスは『詩学』のなかで「悲劇とは行動の模倣である」と述べている。いったいこれはどういうことなのか。ひとつ、恐れ多いついでに、アクロバティックな解釈を書いてみたい。「行動の模倣」であるということは、なにごとかの反復であることは間違いない。ではなにの反復なのか。ここでの「行動(=アクション)」とは何を指し示しているのか。
ここで思い出されるのが、ヘーゲルの「歴史は二度繰り返す」に、次のようにマルクスが付け加えた叙述である。「歴史は二度繰り返す。すなわち、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」。この言葉は、初代ナポレオンとナポレオン三世との歴史的比較から導き出された言葉である。ここで注意しておきたいのは、アリストテレスのいう「悲劇」とは演劇のことであり、マルクスがいう「悲劇」とは事実に対しての歴史的把握であるということである。だから、これもあまりに早急な断定ではあるが、混乱を防ぐためにアリストテレスのいう「悲劇」を広く「演劇」という言葉に置き換えて考えていただきたい。
一度に書く。大いなる誤解に基づくであろう「行動の模倣」に関する解釈を。
演劇は繰り返す。なにを。歴史を。歴史のプロセスを。歴史を突き動かす行動(=アクション)のベクトルを。その歴史のなかに去っていき二度と帰り来ぬものたちを。その情緒を。臍をかむような苦しみを。舌をかみ切りたいほどの悔恨を。
なぜ。歴史が「喜劇」を繰り返さないために。そのために、演劇は「喜劇」を歴史よりも先に演ずる。模倣する。演劇は歴史が「喜劇=茶番劇」として現実に回帰するに先んじて「喜劇」を演ずることによって、歴史を人々に意識化するのである。かけがえのない日常のために。そして未来のために。

「私たちは何を語ることができるのか」という問いにはこう応えよう。
「私たちは語らざるをえない。だから、語る」
演劇が社会において適切な実効力をもっていれば、本当ならばこれで十分だ。しかしながら現在、演劇がそのような力をもっているとは到底いえない。演劇はいま、力不足である。だから、次のように付け加えてもよい。否、付け加え、演劇の意味を説明しなければならない。
「だから語る。いま。なにを。歴史を。なんのために。去っていったものたちのために。やがてくる子孫のために。いま生きている我々のために。そのかけがえのない日常のために。抱えきれないほどの悲しみと大いなる喜びをもって。語らざるをえない。」

鎮魂と予祝。冬を鎮め、春を呼ぶ。死者を弔い、子供を言祝ぐ。
東京という都市の鎮魂と予祝の演劇。等身大の日常への切実さと、しかしながらそれを踏み越えるような想像力で。
「東京の塔」の死に様に思いを致し、都市に生きる人々のドラマを語ります。それは、いまの東京で生きている人々の様々な思いが交錯し、乱反射するような、力強い演劇。

ピーチャム・カンパニーは、この『復活』という作品で、いかなる生活を送っている人々の現在にも対峙しうるような、そんな作品を用意する(といってしまおう)。だからこそ、この芝居を、ぜひともあらゆる生活者の方々に観ていただきたい。そのときにこそ、東京タワーの前に集った我々と、観客の方々ひとりひとりの実人生とがぶつかり合い、その視線と欲望の交錯によって、東京タワーの目の前に、いまの東京の「死」と「生」のありようを映し出す、膨大な交通の網の目が作り上げられるだろう。そして、その場に集った人々それぞれが、自らの求めている切実な思想を編み出していけるような、そんな演劇ができあがるはずだ。そうであるはずなのである。

ぜひとも、死にゆく東京の塔の前に、お集まりいただきたい。
みなさまとお会いできる日まで、命を削って、作品を作ります。

ピーチャム・カンパニー代表 川口典成

「2010年、我らの時代の演劇術を発見するために」
(2010年8月、『口笛を吹けば嵐』公演チラシ所収)

「この屈辱的な牢獄同然の世界で、たった一つの、単純素朴な思いを伝えたいと願うとき、玄関ホールにまさる場所がどこにある? どこに? そこがまず出発点だ!」

 上記の台詞は、エドワード・オールビーという作家によって書かれた戯曲『動物園物語』の一節である。ジェリーというもう若くはない男が、見ず知らずの他人であるピーターに対し、韜晦と屈折を多分に含みながら、自らにとっての英雄的行為を語る台詞である。詳細は省こう。われわれは、演劇の本来的可能性を抉り出すために、この一節を「人と人との出会いの可能性・不可能性」について言及した文章であると想定してみたい。
 AとBという人物がいる。たとえば、Bは公園のベンチに座っている。Aは彼に話しかける。そのとき、AはBに対して不快感を与えないように気をつけながら、あるいは、ちょっとした驚きを与えることを計算した上で、話しかけるだろう。彼らはもしかすると、そのあと共通の話題を発見し、お互いに興味を持つかもしれない。知り合いから始まり友人へと発展した彼らは、ときに本気で喧嘩をし、そして深く相手のことを分かり合って抱き合い、生涯を通じて、唯一無二の親友であり続けるかもしれない。
 しかしここで、次のように問うこともできる。そのように彼らの関係が発展しえたのは、彼らが「人間関係の術」を心得ていたからではないか、と。見知らぬ他人同士の交流の仕方、ちょっとした知り合い同士の付き合い方、友人同士の友情の確認の仕方、等々。彼らは笑い、泣いていた。屈託なく笑い、嘘のない涙を流していた。心から悲しんでいた。本気で怒っていた。それは、「友情」とは、ときに喧嘩をして、本気で分かり合うことだと教えられていたからではないか?
 もちろん、彼ら自身は真剣に相手と向き合っているのだろう。そのことを疑いはしない。だが、私たちの行動や思考、感情表現、ひいては人間関係というものは、文化的また身体的な「制度の束」によって方向づけられ、制限され、去勢されている。ここで、「制度の束」は「大きな物語」と言い換えられるであろうし、「小さな物語」とも「システム」とも呼べ、また「アーキテクチャ」と指し示すこともできるが、そのような用語選択は些細な問題だ。大事なのは、AとBが一対一で「出会う」ことはほとんど不可能だ、という事実である。一対一で向き合っているかに見えるAとBとの間には、じつは常に「制度」という第三者が存在するのだ。現代においては人間の生き方を統制する「大きな物語」が凋落している、などという常套句を持ち出して来たところで何になろう。たとえ使い古され骨抜きにされたものであれ、「物語」や「制度」のなかでAとBが踊っていることに変わりはない。彼らは元気に楽しく踊るだろうが、そのダンスはいつも「制度」という演出に染め上げられている。
 であるならば、さらにこう問わねばなるまい。AとBが本当に「出会う」とは、そんなことが起こりうるとすれば、どのような事態なのか、と。

 もちろん、人と人との出会いに正解などあるわけがない。それは当然のことだ。そしてまた、社会的基盤なしに人間関係が構築されうるはずもない。人と人がいる以上、その間になにかしらの「制度」が生まれる。これも当然のことだ。「制度」なるものを全的に無化することは、おそらく不可能なのだろう。
 しかしそこで意気阻喪してしまってよいのか?諦めのポーズをとってクールにふるまうべきなのか?われわれはそのような態度を潔しとしない。たとえ「制度」をすべて廃棄することはできなくとも、私たちを縛り付けようとする「制度の束」と格闘し、目の前にいる相手との間で「出会い」のあり方を模索することは可能だろうと考えるからだ。

 ここで冒頭に引用した一節に戻ろう。「屈辱的な牢獄同然の世界」とは、AとBとの出会いを鍵括弧で括ろうと仕掛ける「制度の束」の網の目のことである。一方、「単純素朴な思い」とは、「制度」による束縛に抗い、AとBとの出会いを彼らの間でしか起こりえない出来事にしたいという欲望のことだ。この思いが「玄関ホール」でしか存在しえないというのは、つまり、「制度」のなかで互いに無関係であると信じきっている他人同士が、無関係という関係をとってすれ違い通り過ぎている、そんな場所が「玄関ホール」だからであろう。
 以上のことは、ピーチャム・カンパニーの目標である「シビアな現実認識と胸躍るロマンの同居する現代のドラマを介した、役者と観客との間での濃密な「出来事」の共有としての演劇」にも繋がる。
 われわれが目指しているのは、あらゆる感情を鍵括弧で括ろうとする身体的あるいは文化的「制度の束」を意識化し、それらに拮抗する緊張を構築しながら、登場人物それぞれの間にしか生まれ得ない独特で唯一の関係を作り上げることである。そのような関係が、さらに観客一人ひとりの実人生の記憶と摩擦し、発熱する。このとき劇場中に張り巡らされる厖大な交通の網の目は、繊細で壮大な世界を示すことになるはずだ。だからこそ、われわれは冒頭の台詞を、次のように言い換えてみたい。

 「この屈辱的な牢獄同然の世界で、たった一つの、単純素朴な思いを伝えたいと願うとき、劇場にまさる場所がどこにある? どこに? そこがまず出発点だ!」

 管見の限りではあるが、現代演劇の主な潮流は、等身大の感情をベースにした「日常会話劇」と、手法を目的化した「スタイル演劇」の二つに大別できるように思う。
 リアリズムという言葉と同義であるかのように語られてしまう日常会話劇は、世界のほんの一部を「日常」という枠で切り取ってしまい、その枠自体を無批判に前提とするため、マジョリティの価値観を再生産し続ける(敢えてマイノリティの立場を宣言する、という身振りも同じことである)。一方で、前衛性と等置される「スタイル演劇」は、創作者たちの個人的美意識の発露にすぎず、結局のところ、一部のインテリたちによって思想を語る道具として用いられている。
 以上二つのタイプの演劇には、「日常」があり「美意識」があったとすれ、「人間」がいないのではないか。ここでいう「人間」とは、目の前にいて何をしでかすか分からない相手の、裸形の実存のことであり、あるいは、裸形の実存でありたいという欲望を去勢され、社会のなかで息を詰まらせている人間のことである。
 はっきりさせておこう。われわれピーチャム・カンパニーも「日常」を起点とするし、「美意識」を利用しもする。われわれにとってのリアリズムとは、現実に対して人間がとりうるあらゆる可能性を探る視角のことであり、前衛とは、意識的・無意識的な既成の価値観を揺さぶり続ける運動のことである。だが、それらはあくまで手段に過ぎない。われわれの演劇は、マジョリティの「日常」のためのものでも、高踏芸術家の「美意識」のためのものでもない。「人間」を抉り出し、知りたいと思うから、演劇を作り続けるのである。
 であるからしてわれわれは、日常の複雑さを恣意的に縮減することで、ニセモノの平和や葛藤を仮構して世の中を寿いでみたり・嘆いてみたり(軽薄な楽観主義・悲観主義)、手法の奇抜さをもって保守的価値観に息を吹き込み、新鮮な試みを気取ってみたり(ポーズとしてのニヒリズム幸福主義)といった、その場限りの表現を選びはしない。われわれは、AとBの出会いの可能性と不可能性を、根本的かつ実践的に描写するところから出発したい。そしてそこに、AとBが本当に出会うための思想を編み出し、切なる希望を見つけたい。

 ピーチャム・カンパニーが製作する演劇は、ぜひとも、あらゆる生活者の人々に観ていただきたい。その視線と欲望の交錯によって、演劇の存在意義自体が問われ、解体され組み替えられ続けるだろう。戯曲と俳優の間の格闘、俳優と演出家の間の応答、上演される演劇と観客の間の共感や齟齬といった、あらゆる相克と矛盾こそが、真に演劇的なものを生むとわれわれは信ずる。劇場という場に集った様々な要素が相互に交通し、それぞれがそれぞれの主張をぶつけあう。劇場にいるすべての人間が、このような多角的な緊張の中で宙吊りにされ、相手を変えようとする。または自分が変ろうとする。何かの答えを見つけようとする……。
 演劇というものが、同じ演目を何度繰り返しても新鮮であり続けられるのは、このプロセスのためなのだ。このプロセスを毎回繰り返すことで、「演劇が演劇である」ことのかけがえのなさはその都度生まれ、更新されてゆく。劇場に集ったそれぞれの思いが入り乱れ、乱反射し続ける、あらゆる人間の共同作業としての力強い演劇こそが、われわれの目指すものである。だからこそ、もう一度言いたい。

 「この屈辱的な牢獄同然の世界で、たった一つの、単純素朴な思いを伝えたいと願うとき、劇場にまさる場所がどこにある? どこに? そこがまず出発点だ!」

ピーチャム・カンパニー代表 川口典成